政治家を目指した理由

共田2015(修正済み)

中学時代、一冊の本に出合いました。
社会科の先生が授業中、欲しい人に本をプレゼントすると言われ、思わず挙手して頂いた本が「後世への最大遺物」です。この本との出会いが人生において後世に何を残すのかということを考える切っ掛けを与えてくれました。

常に自分の人生を何にかけようか模索し続ける中、生まれ育った諏訪地域のために28歳のとき、新しい会社を仲間と共に立ち上げました。故郷が元気になるように、夢のあるまちになるように、誰もが安心して暮らせるまちになるようにと、会社経営やNPO法人維新塾、諏訪圏青年会議所、商業連合会、消防団活動、様々な活動を通して、できる限りの努力をしてきたつもりです。しかし、人も会社もお店もどんどん減っていく、多くの市民が仕事やボランティアなど一生懸命活動しているのに、岡谷市の元気はなくなっていくばかりでした。

この現状を変えるには、政治から変えなければ岡谷市の元気は取り戻せない。そう考え2011年、市議会議員に立候補しました。。そして、多くの方の支援と支持を受けトップ当選させていただきました。感謝と期待に応えるため「自分の人生を政治家としての道に捧げる」そう決断をしました。

今まで仕事やまちづくり活動を通して培ってきた経験や多くの仲間との絆は私の一番の宝物です。この変化が求められている時代に必ず役に立つと確信しています。故郷を愛する気持ちと行動力は誰にも負けません。元気で夢のある安定した社会を築き、子や孫の世代に確かな社会をバトンタッチする、その為に全力で進みます。